ゾンビものの巨星堕つ ジョージ・A・ロメロ監督、死去

米国の映画監督、ジョージ・A・ロメロ(George.A.Romero)氏が2017年716日、死去。肺がんを患っており77歳でこの世を去った。尚、死後は蘇らなかった模様。

a gore scene from Night of the Living Dead

ブードゥー教の使役動死体ゾンビをリチャード・マシスンの『アイ・アム・レジェンド』の新人類「吸血鬼」と結びつけ生者の肉を求め襲いかかる原因不明の「死体の怪物」としたのがロメロ監督の偉大な発明であった。死因に関わらず死ねば必ず怪物となる、元は肉親、知人の死体に襲われ生きたまま肉を貪られ、やがて怪物の仲間となってしまう恐怖。のろのろ動く死体が故になんとか生き残れるかもしれないという淡い希望を抱かせ、崩壊していく文明の中をサバイバルする奇妙な躍動感、殺人(的なもの)が正当化される攻撃衝動の肯定、社会秩序が無くなった時の最大の脅威は生き残った人々である絶望感、これらのものが混濁して押し寄せてくるのでロメロ監督のゾンビ映画は凄まじく「くる」のである。

しかしながら『Dawn of the Dead』邦題『ゾンビ』を頂点とした後はロメロ監督の社会批判志向の為にロメロゾンビ映画はどんどんとつまらないものになっていく。最大の戦犯は『Day of the Dead』邦題「死霊のえじき」のバブを創造してしまったことだろう。バブは人に飼いならされたゾンビで研究者の博士に従順な肉食獣のようであった。ちょっとしたコミックリリーフとしての登場かと思われたがロメロ監督はいたく気に入ったようで「ランド・オブ・ザ・デッド」でビッグダディと形を変え、より賢いゾンビリーダーとして登場してしまう。もうこうなるとゾンビに対する恐怖感も失せ、サバイバル感さえ無くなってしまった。2005年、偉大なるゾンビ映画監督としてのロメロは死んだのである。

サバイバルと言えば遺作となった『サバイバル・オブ・ザ・デッド』は見てしまった時間を返せと言いたくなる駄作でサバイバルするのは生者ではなくゾンビという目を覆いたくなる程の惨状の映画で、ここにロメロ監督の完全なる死亡をまざまざと見せつけた作品であった。もう二度と『ゾンビ』のような名作をロメロ監督自身が生み出せないのは悲しかったがロバート・カークマン氏が正当なるロメロゾンビを受け継いでいた。そう、『ウォーキング・デッド』である。TVシリーズはシーズン7まで進んで最早ゾンビはちょっとしたトラップ程度の扱いにはなったがロメロ監督が進むべきだった道がそこに、はっきりと見える。もっともロメロ監督自身は社会批判がそこにはないなどと意味不明な発言で『ウォーキング・デッド』を攻撃していたが。

追悼記念としてゾンビもの以外のロメロ監督のオススメ作品を最後に紹介しておこう。『ザ・クレイジーズ』、『マーティン』、『モンキー・シャイン』の三作である。『ザ・クレイジーズ』は第二のカサンドラ・クロスどころか『カサンドラ・クロス』に先行した細菌感染ものの逸品。『マーティン』は吸血鬼の現代的解釈が非常に素晴らしい。『モンキー・シャイン』は『ゾンビ』の盟友イタリアのダリオ・アルジェント監督の『フェノミナ』のチンパンジー、インガのオマージュなんじゃないかと私は思ってる。



私や数多のホラー映画好きに多大なる影響を与えたのみならずゾンビ市場という一大マーケットを作り上げたロメロ監督、蘇ることなく安らかにお眠り下さい。



0 件のコメント :

コメントを投稿

Recent Posts